ちょっと横道

マウントソレル村物語――英国レスターシャーで垣間見た村の暮らし

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その6

マウントソレル村のフェア
 

 ある日曜日、朝食を食べていると、なぜか外がにぎやかです。二階の窓から見てみると、家の前の広場(グリーン)でバザーのようなものが始まっていました。そういえば、季節がよくなれば、村のフェアが開かれると聞いたことがありました。それが今日だったのです。生活を扱った雑誌の連載物で、村のフェアについてはよく出てきましたが、本物はどんなかなあ――わたしは、いそいそとチェックに出かけました。


 人々は机などを並べて、その上でいろんなものを売っていました。自家製のジャムやケーキ、家で余っている古着やいらなくなった飾り物、古本、おもちゃなどなど。しかもどれもがずいぶん安いのです。売っている人々も、のんびりと紅茶を飲んだりおしゃべりしながら、よい天気の下で日光浴を楽しんでいるようです。自分たちの団体の募金集めも兼ねているテーブルもあります。イギリスには有名な婦人団体WI(Women's Institute、1915年結成)がありますが、その目的の一つが地域社会の活性化で、もちろんマウントソレルでも、WIの地元支部がジャム販売のテーブルを出していました。これは村の小規模なフェアでしたが、子供たちのための遊び場も一応つくられていました。家族でお店を出していたり、家族連れてお店を冷やかして歩いていたり、子供たちも楽しんでいるようです。わたしは広場をゆっくり2周して、しげしげと見て回りました。

 ジャムやマーマレードを売っているテーブルはいくつもありました。いずれも1〜2ポンド(150円〜300円)ていど。自家製だから余分な保存料などは入っていません。イギリスでは夏が近づくといろんな木の実類が出回ります。イチゴはもちろん、ラズベリー、ブルーベリー、ブラックベリーなど、こちらへ来てから、ずいぶんいろんなベリーを食べるようになりました。砂糖や生クリームをかけて食べてもおいしいですが、いちどきに大量に採れるので、よくジャムにします。ベリー類のジャムはおいしいですが、イギリス人の一番人気は柑橘類で作るマーマレードのようです。あるイギリス人が海外へ旅行して一番恋しくなるのが、「たっぷり濃く入れたミルクティとトーストにつけるマーマレード」だと言っていました。マーマレードのおいしさは、確かにイギリスに来てから知りました。でも、せっかくだから、スーパーでは買えないようなのを買いたい。わたしは、いろんな店のいろんなジャムをチェックした末、赤色が素晴らしいラズベリージャムを一瓶買いました。

 ケーキも目移りするほど種類があります。どれも甘そうですが、お店のと違って自家製のは少々甘くても自然な味でなぜか食べられるのです。いろんなフルーツとリキュールを入れたフルーツケーキ、にんじんをすりおろしてたっぷり入れたキャロットケーキ、レモンを入れたチーズケーキ、アップルを惜しげなく重ねた上にとろみをつけたタルト。形はそうお洒落ではありませんが、そのぶん量は十分あります。大きさによって値段はいろいろですが、迷ったあげく、少し大きめの5ポンドのフルーツケーキにしました。

 小物もいろいろ売っていました。とくに目を惹いたのがガラス鉢。縁がすこしフリルのように変形しただけのシンプルで可愛い鉢が1ポンド。引越しが運命の身としては、壊れ物は買ってはいけないのですが、1ポンドなら「贅沢」も許されるでしょう。3階もあって広くなった我が家にはほとんどインテリアらしいものがないし、次々落ちるバラの花びらをドライにしてこれに飾れば、オシャレじゃありませんか。

 「もう、これくらいにしておこう」と帰りかけたら、ジクソーパズルが目につきました。今まではそういうものは「時間の無駄!」と思って挑戦したことはありませんでした。でも、英国の昔の村を描いた絵が妙に気になります。500ピースで値段は1ポンド。500ピースなら素人にもそう難しくないだろうし、疲れたときの気晴らしにいいかも…幸い、やりかけを保存しておく場所はたっぷりあるし…。それで決定、購入!です。お店の人は「ありがとう!」と陽気に渡してくれました。1ポンドずつでは、けっきょく何ほどの収入になるのでしょうね。でも、まあ安いから次々売れていき、日が傾くころには、だいたいの人がその日の目的は達成したようです。金額よりも、いらないものを処分して家のなかが片付くことが重要なのかもしれません。

 それに加えて、自分がいらなくなったものでも誰かがまた使ってくれるということも大事なのでしょう。そういう使い回しの精神は、現在の日本よりイギリスの方が広く行われているような気がします。江戸時代の生活などについて読むと、日本もかってはリサイクル精神にあふれていたようなのですが。現代日本は、使い捨て全盛で、例えばビニール傘の消費量は世界一だそうです。「あれば便利」ですが、ほんとうに絶対必要なものでしょうか。器用で工夫好きな日本人がいろんなものを創り出すのはいいのですが、現代のように企業が競い合う社会では、「便利」という大義名分や、他の商品とは微妙に違うという理由で、使われないものや使われてもすぐ捨てられるものを大量生産することになります。そして、その生産のために石油などの原料や電気などのエネルギーが大量消費されてしまうわけです。その一方では、食べるものも食べられない子供たちがいる国も多いというのに。それを思うたびに、「俗悪商品の大量生産のために煙を吐き川を汚している」と告発したモリスの言葉を思い出します。


村はずれの蚤の市

 それはともかく、中古品を売って次の使用者に回すというのは、なかなかいいシステムです。広場のフェアは、村人たちの素朴なバザーでしたが、マウントソレル村でもう少し本格的で大規模な蚤の市が開かれているのを、ひょんなことから知りました。これもある日曜日の朝早く、バスに乗ってラフバラに向っていると、なぜか村はずれの道路が混雑しているのです。その先は野原で、車が混雑するようなところではないのに…と思っていたのですが、隣人に聞いて真相が分かりました。毎月第三日曜日にその野原で蚤の市が開かれるのです。蚤がついているかもしれないような中古品を売るから蚤の市(flea market)。あるいは、自動車のトランクのことをイギリスではブートと言いますが、それに入れて品物を持ち込んでくるからブートセール(boot sale)。それが開かれていたのです。

 フェアと違って、そこに入るには1ポンドの入場料が必要です。店を出すのにも、おそらくいくらかの場所代を払うのでしょう。近隣の地域からおおぜいの人が店をだすので、そこへ行けばいろんなものが買えるのだそうです。新所帯を始めようとする人は、生活道具一式を買うこともできるとか。もっともここは中古の品ばかりではなく、どこから仕入れたのか、日本の「バッタ屋」のように安く仕入れた衣料品や雑貨を売る人もかなりいます。

 隣人のジャンが言うには、アメリカ人の友だちが来たときに連れて行ったら、とても珍しがって喜んでいたそうです。アメリカにも「ガレージセール」(自宅のガレージを使って不用品を売る)はあるはずなのですが、ひょっとしたら大規模な蚤の市はイギリス的・ヨーロッパ的なのでしょうか。あるいは、売っているものがイギリス的で、アメリカ人には面白かったのかもしれません。

 そのジャンが連れて行ってくれたので、わたしも蚤の市に行ってみました。大きな草地に車がうねうねと並んでおり、ひとあたり見るだけでもずいぶん時間がかかりそうです。入口には黄色い安全ベストをきた門番がいて、入場料を集めています。売られている品は大物小物いろいろですが、どうも安売り専門の業者が半分近く占めているような感じでした。でも家族で家にあるものを整理しに来たという店もたくさんありました。ブートセールの名の通り、ワゴン車の後ろを上げて、そこに品物を並べて売っていたりします。日本でもそうですが、市は朝一番が勝負で、のんびり行ったら、もういいものは売れたあとです。でも、そういうなかにもわたしが好きな古道具(というか、はっきり言って中古のガラクタ)も少しは残っていました。

 大きなディナーセットの一部だったのだろうと思われる、金縁の面白い模様のお皿が10枚ほど売られていました。何枚かはすでにヒビが入っています。1枚50ペンスです。わたしが手に取って見ていると、ジャンは「そんなもの買うの?」という目つきで見ていました。気にせず、安いから3枚ほどを言い値で買おうとすると、ジャンにそうっと止められました。「だめだめ、ここで買う時はぜったい値切らなくっちゃ」とささやくのです。なるほど。値切るのはあまり得意ではないけれど、「3枚買うから負けてくれる?」と聞いたら、なんと1枚20ペンスになりました。早く品物を片付けたかったのかもしれません。少し遅く行くのも、その意味では利点があります。叩き値で掘り出し物(?)が手に入るかもしれません。

 そのマーケットには、一人でもまた行ってみました。こういうマーケットは、連れなしで時間や趣味を気にせずじっくり見て回るのが一番です。残念ながら、「掘り出し物!」と歓声を上げたくなるようなものはありませんでした。でも、赤いチョッキを着た田舎の少年の人形が妙に気になりました。値段も7ポンドほどで1000円程度です。マウントソレル村に住んだ記念に買うことにしました。彼の名前は赤い胸のコマドリにちなんで「ロビン」。お皿3枚はイギリスを引き上げるときの荷物に入りきれず、エジンバラのチャリティショップに譲ってきましたが、ロビンは無事に大陸を越えて日本までやってきました。(続く)

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