ちょっと横道

マウントソレル村物語――英国レスターシャーで垣間見た村の暮らし

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その7

番外編・イギリスのクリスマス
 

 今日はクリスマスイブ。街ではクリスマスソングがあふれクリスマス商戦もたけなわです。日本ではクリスマスというと、サンタのプレゼントやカップルのロマンチックナイトだけが西洋から取り入れられ、24日のイブの方がにぎやかですね。でも、イギリスでは、クリスマスはキリスト教に根ざして長年行なわれてきた行事。日本のお盆やお正月のように,、家族が久しぶりに帰ってきて集う、一年で最大のイベントです。

 12月に入ると、町でも村でもイルミネーションが灯され、クリスマスムードが盛り上がります。マウントソレル村でも街道の入り口あたりに光のゲートが作られ、日が落ちると闇の中に浮かび上がって印象的でした。きっと、各家庭では子供たちが「アドベント・カレンダー」をもらったことでしょう。25日までのアドベント・カレンダーは小さな箱の集まりのように作られていて、一日ずつ指で押して開けると、そこにはキャンディとかチョコレートが入っています。小さな子供たちの12月の楽しみです。私の友だちなどは、もうすぐティーンの娘のために、小さなアクセサリーをいろいろ集めて楽しい手製のカレンダーを準備していました。こうして、キリストの誕生日に向けてカウントダウンし、クリスマスムードを盛り上げていくわけですね。

 私はマウントソレル村でのクリスマスは過ごさずじまいでしたが、友だちがイギリス南西部の両親の家で過ごすクリスマスに招待してくれ、イギリス家庭のクリスマスを味わうことができました。さあ、イギリスのクリスマスってどんなだったしょうか。

 クリスマスが近づくころには、学校もお休み。友だち夫妻は娘・息子の四人家族で、田舎にあるご主人の両親の家に出かけます。23日くらいまでには、都会に住む他の兄弟姉妹も家族で帰ってきて、大きな家にはにぎやかな声があふれます。丘を見はるかす敷地に建てられた家は、農家と納屋をおしゃれに改装したもので、広いキッチン兼食堂の窓からは、隣りの牧場の馬が草を食んでいるのも見えます。薪ストーブのあるリビングには、クリスマスツリーが飾りつけられ、その木の周りには、カラフルな包装紙で包まれた贈り物がどんどん置かれていきます。贈り物には「誰から誰へ」というカードが付けられているので、友だちの5歳の息子は自分へのプレゼントが気になってしかたありませんでした。でも、「25日までは開けちゃ駄目」と固く言われているので、横目でにらむしかありません。彼は「明日が一年で一番うれしい日なんだよ」と、そっと私に打ち明けました。もっと小さいときは、誕生日とクリスマスの区別がつかず、お姉さんの誕生日のときに「どうして僕にはクリスマスのプレゼントがないの」と泣いていましたっけ。

 家のドアに飾るリースも手作りで作られます。庭から採ってきた蔓を編んでベースのサークルを作り、それに常緑の葉や、キラキラするツリーの飾りの一部やリボンをつけて、可愛いのができました。食堂の梁からは、やはり常緑のツタがいくつか下げられていますが、これだけで、なんとなく神聖でフレッシュな気分になるから不思議です。おつきあいの広さを物語って、並べきれないぐらいに届いたクリスマスカード。いろんな絵柄を見せて、棚や鏡の前のテーブルや低めの梁の上にところせましと飾られています。

 台所では、大人たちが25日の食事の準備に大忙し。子供もお手伝いです。たくさんのナッツを入れた甘いクリスマスプディングは、もう何か月か前から仕込んであり、棚に鎮座しています。この家では、それとは別にクリスマスケーキも作ります。もうスポンジが焼き上がり、マジパンで白くお化粧されて、その上にマジパンで作ったお人形などが飾られていきます。今年は、機関車トーマスが大好きな孫のために、機関車が飾られました。ケーキにはぐるっと赤いサテンのリボンが巻かれ、とてもクリスマスらしい雰囲気です。ミンスパイとクッキーも用意されています。

 ターキーは外処理も終わり、中に入れる詰め物も出来上がり、明日の朝からゆっくりオーブンで焼けばいいように準備できました。今日・明日の食事の準備は、一家の女主人の指揮のもと、みんなが協力します。とはいえ、もうクリスマス気分ですから、ワインやウィスキーを飲みながら、ワイワイとにぎやかにジャガイモの皮をむいたり、半分遊びです。一段落したら、みんなで夕食。今年のイブのメニューは、フィッシュパイ。クリームで伸ばしたジューシーなマッシュポテトのなかにタラやホタテの魚介類がたっぷり入っており、上にはチーズに焼き目がついて美味しそうです。女主人が上手に切り分けてくれます。家庭菜園で取れた野菜も添えられています。

 子供たちの眼を盗んで、私の友だちは大きな靴下に、小さなお菓子やおもちゃを詰めだしました。これはサンタからのプレゼントなので、子供が寝ついたら枕元に置いておくそうです。既製品も売っていますが、やっぱり靴下だけ買って子供に人気の小物を詰める方が楽しいですね。ギリギリになって、やっとクリスマスプレゼントのラッピングをしている大人もいます。
    さあ、一夜明けるとクリスマス。朝早くから村の教会でミサがあるので、家族の何人かは出かけます。「無宗教主義」を公言している若い世代は、朝寝です。私はイギリスの文化を知ろうと、いっしょに歩いて出かけました。16世紀くらいから建っている村の教会は、なかなかゆかしい建物でした。なかにはすでに善男善女が集まっています。牧師さんのお説教を聞きながら、讃美歌〇〇番と指定された歌を歌います。席には讃美歌の本が全員分常備されているのです。日本でもなじみがある歌がいくつかありました。この年配の牧師さんはアカデミックなタイプだったのか、イギリス人らしく論争が好きな人だったのか、クリスマスについて面白いことを言っていました。キリストがその年の12月25日に生まれたのかどうかは実は定かではない。あとから25日にすることにしたと言われている。キリスト教以前のケルト系の原始宗教の冬の祭りがその頃にあったので、それを信じる人々をキリスト教に改宗するために、その行事を取り込んでクリスマスは作られた。ということだそうです。もっとも、「いずれにせよ、その頃に、ユダヤ教のなかから弾圧に負けずに新しい宗教をめざす偉大な改革者たちが生まれたことは確かだ。その人格的表現がキリストだ」と彼は結んでいましたが。いずれにしても、そういう説を教会で語ることができるというのは、イギリスの民主主義かもしれません。 

 家に帰ったころには、子供たちは興奮気味で「いつプレゼント開けるの?」と何度も聞いてきます。なんとか待たせて朝食のあとに、やっとオープニングタイムが始まりました。大人も子供もそれぞれがツリーの下から拾い上げては箱を開けて、「わあうれしい!」と歓声を上げ、お礼のハグやキスを交わしあう一大セレモニーです。お気に入りの品物をもらった子供たちは、さっそく、そのおもちゃに集中していますが、親たちは、誰から何をもらったと一覧表を作るのに大忙し。あとでちゃんとお礼のカードを子供たちに書かせるためだそうです。なるほど! 私も、プレゼントの準備には何をそろえるか悩みましたが、いろんな人からもプレゼントをいただいて、家族の一員の気分で幸せでした。

 その大騒ぎが終わると、軽くサンドイッチとシャンペンで空腹を満たして、いよいよ最大行事であるクリスマスランチの準備です。ランチといっても、食べたのは5時ごろでした。テーブルにはキャンドルもともされ、ナプキンや食器もおしゃれに並べられました。メインはターキーか厚切りポーク。一家の主人がテーブルでおとなしく待つ一同に手際よくスライスしてくれます。ターキーもハムもどちらもジューシーで、とても上手に料理されていました。付け合せは、ジャガイモ二種(茹でたのとオーブンでカリッと焼いたもの)、芽キャベツ、そして庭で取れたグリーン野菜。シャンペンやワインもたっぷり飲みました。幸せにお腹いっぱいになったころに、デザートの時間。ちなみにイギリスでは、あまり「デザート」とは言いませんし、日本で使う「スイーツ」という表現は聞いたことがありません。イギリスでは食後のおやつは「プディン(グ)」と言います。

 明かりを暗くして、お盆に載せられたクリスマスプディングが運ばれてきます。テーブルに載せたらウィスキーをかけて、一家の主がマッチで火をつけます。たっぷりお酒を含ませてあるクリスマスプディングはボオッと青く燃えて、ムード満点です。それを切り分けたのをいただきました。濃厚な味わいでおいしいのですが、ちょっと日本人には甘すぎるのが難点でした。私のお好みは、クリスマスケーキ。アーモンドの粉をたっぷり使ってあるのでおいしくて、コーティングの甘さも既成品とはちがってくどくないので甘くても気になりません。子供たちにはアイスクリームも用意されていました。

 食後はリビングに移動して、暖炉の薪の火をながめながら、子供たちといっしょにゲームやおしゃべり。トランプゲームは大人も子供に返って、勝った、負けたと大騒ぎです。外に出てみると、かなり冷えていて、つらなる丘の上には日本の都会では見られないような星空が広がっていました。ひょっとしたら、明日のボクシング・ディ(昔はこの日に使用人などにプレゼントをあげたそうで、Boxをあげる日と呼ばれています)は雪になるかもしれません。今日も明日もイギリスでは電車やバスは走りません。どの人にも動物にも、ぬくぬくとクリスマスを過ごせるホームがありますように。メリークリスマス!

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