ちょっと横道

マウントソレル村物語――英国レスターシャーで垣間見た村の暮らし

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その1

都会のすぐそばにある田舎


マウントソレル村

 イングランドの中部にレスターという町があります。レスターシャーの州都です。野生動物ドキュメントで有名なデイビッド・アッテンボローの出身地で、1841年に世界で初めて鉄道を使った団体ツアーを売り出したトマス・クックの生まれた町でもあります。ローマ時代から栄えた歴史の古い町ですが、日本ではあまり知られていないようです。同じ中部なら、ひとつ北の州の中心・城下町ノッティンガムの方が、ロビン・フッドの活躍した土地として有名かもしれません。

 その昔、ロンドンを出た旅人が北へ、国境からさらにスコットランドへと向かう場合は、レスターを経由したものでした。今でもレスターには、首都から続くロンドン・ロードという道路が中心をとおっています。

 そのレスターとノッティンガムの中間くらいに、ラフバラという町があります。私が学んだ大学のある町です。昔は牛などの交易で栄えたマーケットタウンでした。また、ノッティンガムのレースほど有名ではありませんが、ラフバラ周辺でも家内工業で綿メリヤスなどが織られていたそうです。ちなみにラフバラはLoughboroughと綴ります。これでラフバラとは! それにレスターの綴りもLeicesterですからね。まことに英語の発音はムツカシイ!

 レスターからは、快速電車で10分も乗ればラフバラに着いてしまいます。でも、バスに乗ると少し旅人の気分が味わえます。1時間に2本走っているバスは、レスターシャーの村々でストップしながら、昔の街道をくねくねと1時間ほどかけてラフバラまで走ります。街道沿いの古い長屋やパブや牧場をバスの2階から見ていると、気持ちは小旅行。イギリスの良さは、たしかに田舎にあると実感します。その昔の旅人は、この景色を馬車から眺めたのでしょう。

 路線バスですから、地元の暮らしも少し味わえます。車を運転できないお年寄りが日用品の買い物に行ったり、まだ免許証を持てないローティーンがつるんで遊びに行ったりしています。どんなパンクな少年でも、必ず「サンキュー」と運転手にあいさつして降りていくのがイギリスらしい光景です。

 その街道沿いの村のひとつに、マウントソレルという村がありました。研究で過ごした4年余のうち最後の1年、論文の追い込みにかかっていたときに住んだのが、この村でした。イギリスに暮らすなら一度は村のコテッジ(田舎家)で暮らしたい!と思っていたのですが、その願いがかなって、3階建ての長屋の一軒が手の出る家賃で貸しに出されたのです。

 インターネットで発見するやいなや、私はすぐに飛びつきました。しかもその家は、私が「バス旅行」で気に入った村の広場に面して立っていました。

 イギリスで垣間見たこの村の暮らしぶりや歴史を、ここに書き留めておこうと思います。モリスの愛したコッツウォルズの美しさには及びもつきませんが、都会のすぐそばにある田舎もいいものです。モリスが何を愛し残そうとしたのかを知るてだてにもなるかもしれません。

 藤の花かがやくウィステリア荘

 満開時のウィステリア荘
 
 その村が目に留まったのは、ひときわ目出つコテッジがあったからです。レスターからバスに乗ると、木の繁る暗い道をカーブして明るい広場に出ました。うれしくなって見回すと、その広場のトップには、窓がいくつもある2階建てコテッジが立っていました。その白い壁は満開の藤の花に彩られていたのです。圧巻でした。
 でもそのコテッジだけではありません。広場の周りには20〜30軒の家が立っていました。藤の家以外の家々も、レンガ造りであったり白壁であったり、それぞれに愛らしい趣きです。地図で場所を確認すると、そこは、マウントソレルの「ザ・グリーン」と呼ばれていました。たしかに芝生が広がっており、周囲には木々が植えられています。あとで分かったことですが、イギリスでは、たいていの村にグリーンという広場が中心にあるようです。

 そのザ・グリーン28番に住めることになったのですから、ラッキーでした。例のコテッジの藤の古木は枝を壁に広げて、花がなくても堂々と家を守っていました。藤は英語でwisteria。私は勝手に、その家をウィステリア荘と呼ぶことにしました。

 私の新居の窓からは、広場をはさんで斜め向かいにウィステリア荘が見えるのです。引越し以来の私の最大の関心事が、ウィステリア荘にはどんな人が住んでいるかだったのも当然でしょう。私は、広場に面した2階(イギリス式に言うとfirst floor)の窓際に勉強机を置きました。そして、毎日、勉強の合間に窓から観察したものです。

 その努力(?)が実って、ある朝わたしがふと目を上げると、犬を連れたおじさんがウィステリア荘から出てくるのが見えました。
 
ウィステリア荘の住人

 出てきた犬は、イギリスで通称ウェスティと呼ばれているウェスト・ハイランド・ホワイトテリアでした。ホワイトとはいえこのウェスティは、薄汚れたモップのように毛を伸ばしたグレーのテリアでした。もっとも、ウェスティはもちろん、当のおじさんもまったくそれを気にする気配はありません。イギリスの犬はたいていしつけよく、飼い主のあとから歩くものですが、このやんちゃ坊主は、一人前におじさんをグイグイ引っ張るように歩いていました。おじさんの方はというと、それに動じず、背をピンと伸ばしてゆったりと散歩を楽しんでいます。短く刈り込んだ白髪、顔の周りの白ひげもきれいに整えられていて、大人(たいじん)の風情がありました。もしあのひげを長く伸ばしていたら、夏休み中のサンタクロースと言っても通用しそうです。だから、セント・ニコラスにちなんで、おじさんをニコラスと呼ぶことにしましょう。

 ウェスティは、だいたい毎朝、朝の買い物がてら散歩に連れて行ってもらっているようでした。帰りには牛乳や新聞を入れた袋を持ったニコラスさんの後ろから、いやいや歩いてきて、家に入る時間をちょっとでも遅らせようとするウェスティの姿を見かけました。

「もう帰るの?」

 ニコラスさんもときどきは車で出かけます。町にある大きなスーパーに1週間分の食料を買い込みに行くのかもしれません。たまには、どこに行くのか、ウェスティもいっしょに車に乗せてもらえることもあって、そういうときは、ウェスティは入口から転がるように出てきて車に乗り込むのです。

 ニコラスさんはウェスティと二人きりで暮らしているのだろうか――好奇心いっぱいのわたしは、間もなく、ウィステリア荘のもう一人の住人を発見しました。ニコラスさんの奥さんでしょう。その人は足が弱いようでした。ゆっくりと家から出てきて、ニコラスさんに助けられて車に乗り込みました。ウェスティが、何か僕にもお手伝いすることがないかと、周りをウロウロしていました。

 できたらウィステリア荘の住人とお近づきになりたいものだ、わたしはそう願っていました。あるときなどは、生協の店に買い物に行こうと出かけると、道路の反対側を一人と一匹が歩いてくるのを見かけました。大急ぎで向こうの歩道に移れば、ちょうどすれ違うんだけどどうしよう。そう迷っているうちに、ウェスティも夏休み中のサンタも広場の坂を下りて行ってしまいました。

 あるときは、あまり花が美しいのでウィステリア荘の前に立ち、日本人の友だちと満開の藤を眺めてしゃべっていました。異国の話し声が気になったのか、中からニコラスさんが出てきました。
 「何か御用かな?」サンタさんらしい太い優しい声でした。
 わたしたちはあわてて
 「いえ、いえ。あんまり美しいから見とれているのです」
 「それはありがとう」
 「でも、これを手入れして維持するのは大変でしょうねえ」
 「そうなんだ。年寄りの木だからね。ほんとにハードワークだよ。でもやりがいがある」
 「ほんどですね。こんなに綺麗に咲くんですもの」
  ニコラスさんは「楽しんでおくれ」と言って、にこにこと家の中に引っ込みました。

 そのとき、なぜもっと図々しく「わたしは28番に住んでいます。犬といっしょのところをよくお見かけします」とかなんとか言って、お知り合いになろうとしなかったのでしょう… 残念ながら、友だちになってしまうまではよそよそしいくらい個人主義のイギリス社会にあって、日本人のわたしは「迷惑かなあ」と遠慮して、その距離を飛び越えることができませんでした。
  
二人が守る老いたウィステリア

 たしかに、その古木の手入れは大変な仕事でした。藤の花の季節が終わった夏のある日、家で論文を書いていたわたしは、その一部始終を眼にすることになりました。ニコラスさんは梯子を出して剪定を始めました。枝は横に広がっていますし、窓もありますから、梯子を安定させる位置を慎重に選びます。そしてゆっくり登っていって、大きな剪定ばさみでていねいに枝や葉を切っていきます。少しずつ梯子を移動させ、ときには離れて枝ぶりを見ながら、次の位置を決めていきます。わたしは、大柄なニコラスさんが梯子から落ちたりしないかと、ハラハラしながら見ていました。

 午後からは太陽がウィステリア荘の裏に回り、家のすぐ前は少し日陰になります。それでもニコラスさんは汗を拭き拭き、時間をかけて作業を進めます。ニコラスさんを気づかって、ふだんはめったに表に顔を表わさない奥さんも何度か入口から顔をのぞかせます。家の前は選定された枝や葉でいっぱいになってきました。だいたい作業の山が見えてきたころ、奥さんは家の外にスツールを持ち出し、大きなバケツのような容器に切られた枝を入れ始めました。これなら座りながらでもできる作業です。ゆっくりした手つきで、少しずつ入れていきます。午後の光が二人を包み、のんびりと会話を交わしながら作業する様子は、平和そのものでした。

 おそらく、二人はこうして何年も藤の手入れを続けてきたのでしょう。藤の剪定はウィステリア荘の一大行事。いくら歩くのが不自由でも、いっしょにやらないわけにはいかない――そういう気概も感じられたチームワークでした。

 枝を切り終わったニコラスさんは、やがて梯子を置いて自分も枝を集め出しました。リラックスして、奥さんと軽口でも交わしているようです。やがて家の前はすっかりきれいになり、ニコラスさんは奥さんをかばいながら家に入っていきました。二人の会話はもちろん聞こえませんが、ニコラスさんも奥さんもとても満足そうでした。
 「どうだい、今年も上手に出来ただろう」
 「ほんと、お父さんは一流の庭師ですよ。これで来年もいい花を咲かせてくれるでしょうね」
 とか言っていたのかもしれません。                        (その2に続く)

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