抄訳:モリスの手紙
Letters by William Morris
出典:The Collected Letters of William Morris Edited by Norman Kelvin
翻訳:城下真知子(
読みやすいように改行しています

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 1878年 参戦反対運動の最終局面で
[訳者から]
 モリスは1876年以来、「東方問題協会」(EQA)に財政部長として参加した。英国政府がトルコと組んでロシアに宣戦布告することに反対するためだ。これはモリスの初めての政治活動だった。だが78年2月には、この反戦運動は危機に直面した。労働者も参加して運動は盛り上がりを見せているにもかかわらず、2月25日に農業ホールで開催予定の大集会がなぜか中止されたのだ。その実現に走り回ってきたモリスが妻ジェインに宛てて書いた手紙を、次女メイ(当時15歳)への手紙と併せて紹介する]

  ■1878年2月20日、ジェイン・モリスへ
 ……わたしの政治的キャリアに関して言えば、現在のところ、もう終わりだ。それもまったくうんざりするような終幕だ。戦争推進派に抵抗しようと、ろくでもない組織化に二週間ものあいだ藪をつついたあげく、しかも、自分の時間をほとんど委員会やそのたぐいに費やしたあげくにだ。

 農業ホールでの集会に来るようグラッドストーン[注1]を説得するために、わたしは労働者たちやチェソンといっしょに彼に会いに行った。グラッドストーンは賛同して、けっこう熱心だったし、きびきびしていた。それでわたしはまっすく農業ホールに出かけて予約をした。ただちに仕事に取りかかって、すべては軌道に乗っていたんだ。

 それなのに、月曜日には我が国会議員たちは動揺し始め、グラッドストーンにいろいろ言い出した。そして今や集会中止に持ち込んだのだ。しかも、一番に逃げ出したのがEQAだ。お粗末な対応だったと言わなければならない。グラッドストーンは一から集会に来る用意があったし、終始行儀よくふるまった。でも、わたしは恥ずかしくてみんなの顔をまともに見られなかった。たとえ、わたし自身は事態維持のために最善を尽くしたとは言ってもね。労働者たちは怒り狂っていた。あたりまえだろう。だって、開催していたら成功間違いなしだったのだから。もちろん、集会で大きな騒動が起こるのは確かだったけれども。

 昨日のEQA会議は荒れたよ。あさましく卑劣な人間ばかりだったが、わたしは何も言わなかった。もう、ごめんだ。こんなことで頭を悩ませるのは止めにする。新聞を読むのも止めて、自分の仕事に集中する。

 こんな大失態のあとでは、この問題でロンドンでまた集会をするなんて、もちろん不可能だ。われわれは医学生[注2]と公僕(どこが「公」かね)に脅かされて、これでもう保守党の終身奴隷だ。もっとも、戦争の可能性は以前よりかなり少なくなったようには見えるが。まあ、こんな状況でも希望は持たなくては。

 またすぐに手紙を書くよ。今度はメイ宛てだ。

 みなによろしく。まったくうんざりだ。あまりにも情けない。でも、これで悩むのは止めにするよ。

[注1] ウィリアム・ユーアート・グラッドストーン(1809〜1898) 19世紀の英国を代表する政治家の一人。自由党。1864年から1894年までの間に四度も首相を歴任。74年に一度目の首相辞任を経験したあと、当時、この「東方問題」で反対派の旗手として政界に復帰していた。

[注2] 2月21日の『デイリーニュース』紙によると、全医学生に「農業ホールに行進して、グラッドストーンを野次り倒せ」と呼びかける告示が大学病院に貼られていたという。また、兵器工場の労働者が集会破壊を計画しており、政府がそれを煽っているという噂も出回っていた。 

  ■1878年2月25日、メイ・モリスへ

 たった今、やっとママからお前の様子を書いた手紙をもらった。「やっと」と言うのは、以前にメイのことを聞いてから十日も経つからだよ。

 パパは、もう政治活動はたくさんだ。ママにも書いたが、ほとんど終わったようなものだ。みんな、頭がおかしくなってしまったし、政府は、何か喧嘩の口実さえ見つければ確実に戦争を始めるつもりだからね。まあ、まだ疑問の余地はあるが。

 農業ホールでの集会を中止したのは、まったくひどい話だ。どこかの陰謀でそう持っていかれたとしか思えない。昨日、ハイドパークで集会があったね(わたしは何も関与していないが)。保守党組織は強くて、われわれの手に負えない。集会は文字通り潰されたのだ[注4]。これからEQAの会議に行くところだけれど、彼らに何か出来るなんてとても思えない。

 (中略)

 それから、いいかい、よくお聞き! お前たち(みんなだ)、二週間もパパになんの手紙も書かないなんて二度としちゃ駄目だよ。さもないと、パパは本当にアイスランドに行ってしまうからね。もっとも、あのイギリスの豚どもが馬鹿なことを続けるなら、結局、みんな行かないといけないことになるかもしれないが。

[注4] 当日の『デイリーニュース』紙によると、集会が始まり、主催者が「戦争反対と言論の自由のために行動を取る」と言ったとたんに、軍人率いる「愛国同盟」のメンバーが乱入し、集会を破壊した。

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