抄訳:モリスの手紙
Letters by William Morris
出典:The Collected Letters of William Morris Edited by Norman Kelvin
翻訳:城下真知子(
読みやすいように適宜改行しています

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 1891年以降 


 
 [
訳者から]

 社会主義者同盟(SL)を脱退して、ハマースミス社会主義者協会を結成したモリスの政治活動は縮小し、ほぼ地域に限定されていく。彼のエネルギーの多くは、美しい本づくりや古代建築物保存(SPAB)、アーツアンドクラフツ運動の実践に注がれていく。1891年5月を皮切りに、彼の「ケルムスコット出版」は独特な装丁の書籍を60冊以上出版している。出版には、同志でもあり友人でも会った活版印刷の専門家のエミリー・ウォーカー(Emery Walker)や児童絵本作家でもあったウォルター・クレイン(Walter Crane)の協力は欠かせなかった。もちろん、エドワード・バーンジョーンズも挿絵の下絵で貢献している。
 


■1891年5月20日 ジョージアナ・バーンジョーンズへの手紙より 

 初めて印刷されたG.L.(『ゴールデン・レジェンド』)のシートは、本当に美しい…。出来上がった印刷には嬉しくなったが、昨日、2人の印刷工が手にインクを付けて仕事をしているところを見ると、その道具や机、それに黒インク、青インク、赤いインクの質素さに嘆かずにはいられなかった。危うく、自分の出版社は何だったんだろうと恥ずかしく思いそうになった。

 いま、新しい本(『Poems by the Way』)に付け加える短い物語詩を書いている。だが、何ということだ! それがとりとめもないんだよ。まあ、仕方がない。短い行のつらなりや、古い思い出が私に書き続けさせるんだ。



■1891年6月3日 ジェニーへの手紙より 

 蒸し暑い朝だ。ロンドンの煙のせいでどんよりしている。たった今、庭の様子を見に出てみたところだが、庭は大丈夫だったよ。ナメクジもカタツムリもそんなにたくさんはいなかったし、新しく植えたものもちゃんと育っていた。スウィートピーは綺麗に花を咲かせそうだし、芍薬も赤いケシも蕾が出来ていた。

 ケルムスコット出版はすべてうまくいっている。どんどん進んで『The Golden Legend』の出来上がりも、夢ではなく現実になってきているよ。

(注) このころ長女ジェニーは療養のためフォークストーンに滞在している。モリスも、間もなく合流する。



■1891年7月13日 ジョン・グレーシャへの手紙 

                             フォークストーンにて

親愛なるグレーシャ

 来週の金曜日には家に帰っているし、その日の晩でも土曜日か日曜日の晩でも、君が来てくれたら喜んで会うよ。あらかじめ言ってくれれば、泊ってくれてもオーケーだ。
 取り急ぎ返信まで。

                              君の友
                              ウィリアム・モリス

(注) グレーシャが社会主義者同盟(SL)の活動の一環でロンドンを訪れることになり、モリスに会いたいと言ってきた返事である。グレーシャにアドバイスする様子は見えず、ただ昔馴染みに会い、場合によっては宿を提供しようとしているというモリスの調子から、それまでの年とは異なって、モリスは活動の一線を退いていることがうかがえる。



■1891年7月29日 ジョージアナ・バーンジョーンズへの手紙 

                             フォークストーンにて

 もう少し体調がいいといいのだが、情けないことに調子が悪い。おまけに、不安でいっぱいだというのだから馬鹿な話だ。不安なのは自分自身についてなのだがね、今回は。でも、きっとこの不安感も病気のうちなのだろう。君は元気であるように祈っている。まだ、こうして、友だちのことを気にするだけの余裕は残っているからね。

 日曜日に何とも言えない光景を目にしたよ。午前中は晴れていたが、午後になって海霧が出てきて、しだいに広がり低地全体をおおってしまった。でも高台の方に登ってみると、先の方まで穏やかに晴れた空が広がっている。ドーバーまで続く崖のてっぺんからは切り裂くような明るい光が霧の上に射していて、霧に青い影を落としているのだ。下にあるのは雲の海で、海(ほんもののね)はまったく見えないが、雲の海が打ち寄せる波のようにうねっている。アイスランドの氷河ロング・ジョーカルのようだったが、ロング・ジョーカルは白く輝いているが、こちらのは、雁の胸のように少し灰色がかっていた。見ていて、荘厳な気がした。でもなぜか落ち着かない気持ちになった。まるで、雲のヴェールの下で何か不穏なことがうごめいていて、私たちを待ち構えているようでね。



■1891年8月4日 ジェームズ・リー・ジョインズへの手紙 

                             ハマースミスにて
親愛なるジョインズ

 仕事担当者に送った君の手紙に大笑いしてしまった。私らしい手紙を書くつもりだったのだが、おかげで、とてもそれはできそうにない。もちろん、私の『Poems by the Way』の「余分の1冊」は君のものだ。君がくれた他の手紙に返事をしなかったのを許してくれたまえ。でも、こうして手紙を書くようにしたから、これから、必ずときどき君宛に手紙を送ることにするからね。

 政治に興味を持つ余裕はあるのかい? 政治って、もちろん、社会主義のための政治のことだ。社会民主連盟の時代から思うと、なんと事態は奇妙な変化を遂げたことだろう! その変化に、ときどきはまったく嬉しくなるが、たいていは成り行きに失望している。でも、じっさい、いろんな意味でとても忙しくて、失望感にとらわれているわけにはいかないけれどね。

 木曜日に娘といっしょにフランスに2週間行く予定だ。私にとってこれは大変な時間の浪費だ。本音を言うと、行くのが嫌でたまらない。でも、そこに行ったら行ったで、楽しむのは間違いない。モダンな人たちのなかには、どこかに行けば、いつでもそこではないどこかに居たかったと文句を言うのが趣味のような人がいるが、私はそういう人間には共感できない。

 私たちの旅行は建物を見ていく旅になるだろう(フランスだから、そうならざるを得ない)。ランスまで行って、帰りは違う道を取って帰る。

 君がバックスほどの熱意を持って歴史的建築物を学んだかどうかは忘れてしまった。バックスにはいろんなことを教えたので、今ではバックスは建築に関して独自の判断ができるかのように振る舞い出している。

 まったく、私は手紙を書くのが下手だ。こんなちょっとした文筆作業ができない不器用な男なのだよ。それに、君に会わなくなってからずいぶん時間がたったから、何を書いていいのか本当のところまったく分からない。だから、元気でいてくれという言葉でこの手紙を終えることにするよ。

                             永遠に君の友
                             ウィリアム・モリス

(注) 1853〜1893、社会民主連盟時代の友人。名門イートン校のアシスタント教師をしていたが、社会活動に参加したために1882年に辞職させられた。


■1892年3月9日 ジョン・グレーシャへの手紙 

                             ハマースミスにて

親愛なるグレーシャ―

 ずっとこの間、君に長い返事を書く時間を見つけようとしてきたんだが、そんな時間はとても見つけられないので、短い手紙でもただちに書いた方がいいと決めた。手紙をどうもありがとう。中身に関してだが、まず、思わしくない返事から片づけた方がいいだろう。どうも、今春に君のところに訪問するのは難しいようだ。そうしたいのはやまやまなのだが。行くことが可能かどうか、よく考えてみるよ。ところで、秋というのは駄目だろうかね。

 残りの点だが、現状に関する君の意見にはまったく賛成だ。ここハマースミスの皆もきっとそうだと思う。団結していいて同時に自由な真の社会主義者の党のことを、よく考えるよ。不可能なことなのだろうか? ロンドンでは可能かもしれないとも思うが、社会民主連盟(SDF)が妨害するだろうね。私が会った限り、SDFの一人ひとりのメンバーはいい奴なのだが、組織としては、傲慢で杓子定規なきらいがあるし、寛容さにも欠けている。それがうんざりで、そのために社会主義者もそうでない者も不快にさせる。ロンドン州議会(LCC)選挙で、相手の方針よりいい計画がないにもかかわらずチェルシーでの選挙を台無しにしようとしたあの手口は、まったくひどい。そのために、今や、反社会主義派のホイッグ党やトーリー党にチェルシーには社会主義者は170人しかいないと言われるありさまだ。まあ、それは社会民主連盟の支部のことでしかないがね。

 そのロンドン州議会(LCC)選挙について、君はどう思う? 私は全体としていいと思う。事態は、社会主義者と労働者が作り出したのだから、間違いなく、社会主義運動の成果で、労働側の勝利だ。もちろん、だからと言って、それで何か直接大きなことに結びつくとは思わない。だが、大きな進歩だとは思う。LCC自体が、私自身の経験から言って、官僚的な公共体としては驚くべき進歩だと思う。古代建築保存協会は3回にわたってLCCに代表を送る機会があったが、そのつど人間的な観点から受け止められた。私たちの議論に耳を傾けて評価し、その結果、意見を変更してくれた。自治体としては、これは素晴らしいことだ。もちろん、ガスや水道の公共事業を国営化するスタイルの社会主義を評価するつもりはない。じっさい、どんなものであれ、単なる機械的な社会主義なんて私は評価しない。ただ、時代の風は良い方に向かってきていると思う。がっかりすることはたくさんあるが、それでも私は望みを捨てていない。

 この手紙といっしょに、例の歌の本(『Chants for Socialists』)を1冊送る。なかには、君もよく知っている懐かしい歌も入っているだろう。

 なんとか、また会いたいものだ。エミリー・ウォーカーが今週末にスコットランドに行くから、ウォーカーがニュースを全部話してくれるだろう。

 秋がいいかどうか、考えて、また連絡してくれたまえ。
 では、またそのときまで。幸運を祈る!

                             君の友
                             ウィリアム・モリス

 



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