抄訳:モリスの手紙
Letters by William Morris
出典:The Collected Letters of William Morris Edited by Norman Kelvin
翻訳:城下真知子(
読みやすいように改行しています

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 1885年〜  運動のただなかで悩み、試行錯誤しながら

 
 [
訳者から]
 年が明けて、モリスはバックス、エイブリング、エレノア・マルクスなどと共に新しい組織、社会主義者同盟(SL)を結成した。モリスの社会民主連盟(SDF)からの脱退について、いろんな仲間から心配したり疑問を呈したりする手紙が寄せられるが、以下は、それに対する返事の一つ。
 組織分裂に対するモリスの考え方――政治的利用とは無縁で、ある意味で、政治に長けた「つわもの」からはナイーブとも見える態度――が、見て取れる。

  ■1885年1月18日付 ジェームズ・リー・ジョインズへ

 親愛なるジョインズ

 昨日、バックスが一番新しい手紙を見せてくれた。私を高く評価してくれていてありがたい。誠実ではあるつもりだが、それ以上は、まったく私にはふさわしくない。

 以前の説明に付け加えることはほとんどないが、我々の辞任についてだけ書いておこう。君が主張する意見は、事態を一見してほとんどの人が思うことだろう。だが、私のポイントはこうだ。もし我々が連盟に留まったとしたら、結果はどうなる? 明らかに、互いに相手を押しつぶすほどの力はない二つの党が存在することになる。一方が執行部内で優勢を占めても、その優勢は次の大会などでくつがえされるかもしれない。つまり、常に国会のような派閥争いが中心になる。何も実行に移さない国会なら、それでいいだろう。だが、宣伝する団体にとってはどうだ! 振り返ってみれば、君も、双方が別々に活動し互いにまったく干渉し合わない方がずっといいと思わないかい?

 政治や議院制度を尊重する傾向の者は、当然SDFの方につくだろう。もっと純粋な運動を望むものは我々につく。我々が少数派であっても私は気にしない。仕事ができたらそれでいいのだ。

 辞任によって、一時的に我々が背景に押しやられることは分かっている。もちろん、なかには、この点でもっと楽観的な者もいるがね。こう言うのも、こういう選択をした責任が私にあるからだ。これがやりすぎでないことを祈るが、私は個人的に、反目しあうのには耐えられない。私自身に関して言えば、本当にそうなのだ。

 まあ、いまはこれくらいにしておこう。でも、お願いがある。頼むから『コモンウィール』に記事を書いてくれないか。『コモンウィール』は、余裕ができるまで、まずは月刊で発行する。もちろん、こう頼むからと言って、君が(SDFの)『ジャスティス』やその他の機関紙に書いてもなんの問題もない。たとえ、もうすぐ発行の『アナーキスト』に書いたって気にしない。

 こういう争いのなかでも、社会主義思想がイングランドで広まりつつあるのには本当に励まされるね。先週はペルメルガゼット紙にもいくつか記事が載った。5年前ならまったくの反逆罪で異端とされていただろうに。SDFも社会主義同盟(SL)も、大きな流れの小さな周辺部隊にすぎないのだ。でも、そんなに遅れているとは思わないがね。そして、そのうち、未来に生きる人が目のあたりにすることだろう。(私自身は生きて見ることはできないがね)。

  ■1885年1月26日、『デイリー・ニュース』紙 編集長へ


[
訳者から]
 1885年1月25日号の『デイリー・ニュース』紙は、「社会主義者同盟」機関紙『コモンウィール』について、次のように報じた。

 イギリス社会主義などを唱える詩人ウィリアム・モリス氏は来週水曜日に、彼の新しい機関紙『コモンウィール』第1号を発行する。最近モリス氏が脱退した社会民主連盟――機関紙は『ジャスティス』――の場合とは異なって、この機関紙の編集はモリス氏自身がおこなう。このように、『コモンウィール』はモリス氏が結成した新団体・「社会主義者同盟」の公式機関紙となる。第1号には、いくつかの社会的政治的記事とあわせて、モリス氏の新しい詩や団体の宣言が掲載される予定である。(以下略)
   この記事に対して、モリスは直ちに次のように訂正の書状を送った。ハイドマンによる組織の私物化に嫌気がさしてSDFから脱退したモリスにすれば、SLをモリスの団体であるかのように描かれるのに対しては、ひとこと言わずにいられなかったのだろう。


 『デイリー・ニュース』編集長 殿
                         1885年1月26日

 社会主義機関紙『コモンウィール』創刊についての貴紙の記事は、一般読者に誤解を与えかねない表現になっていますが、この社会主義者同盟機関紙の編集にあたって、私はこの団体に仕える者として行動しているにすぎません。

                              敬具
                              ウィリアム・モリス


  ■1885年2月3日ジェームズ・リー・ジョインズへ


(冒頭一部省略)

 同盟にいる我々は、まずまず真面目にやっている。よくやっていると思うがね。ただ、私自身に関して言えば、課せられた指導者の役目は、どんな役目であれ、情けないほど居心地が悪い。もちろん、必要なことはどんなことでも学んでいくつもりだけれども。

 『コモンウィール』(創刊号)は見たかい? 何か記事を送ってくれるだろう。いつ送ってくれるつもりだい?

 例の産別賃金については、協議会が活動中だ。(社会民主)連盟からバーンズとウィリアムズが出席したが、2人は愉快にやったようだ。昨日の朝、2人は同盟に顔を出してくれた。バーンズは会議に出席したために雇い主から解雇されたのだが、それでも会議について意気軒昂だったよ。2人とも我々にとても友好的だった。

 最近、フランク・キッツと懇意になった。イーストエンドに住む仲間はほとんどそうだが、キッツも確かに、いくらかアナーキズム、あるいは破壊主義といってもいいかもしれないが、そういうきらいがあるね。でも、キッツのことがとても気に入った。気の毒な奴の住まいを訪問したのだが、なんて悲惨な貧乏暮らしをしているのだろうと、まったく背筋が寒くなった。そりゃ、彼がああいう考え方をするのも不思議はないと思ったよ。と書いたが、君はキッツを知っていたよね。

 私は、また詩を書くという馬鹿げたことをしている。君はもう見たかどうかしらないが…(

 何にしても、もうすぐ戻ってくるのだろう。そうすれば、こういうこともいろいろ話せるね。

                    心から君の
                    ウィリアム・モリス

(注)おそらく『コモンウィール』に掲載した「労働者の行進」だろう。


※     ※     ※

[訳者から]
 モリスは新組織のリーダーとして献身的な活動を展開する。編集長として、記事を集め、自らも書き、講演や会議のために全国を駆けめぐる。だが、政治活動の素人とも言えるモリスにとっては、そうした活動は、新しい経験の連続だった。
 多忙のなかで、思うように運動が前進しない悩みを、モリスは親しい友に吐露している。
 また、別の手紙では、別の側面が吐露されている。労働者が味わう悲惨で不潔な日常生活、これはモリスにとっては、見るたびに皮膚感覚で拒絶してしまうほどだっただろうと思われるが、それを抑えて小集会をおこなっても、なかなか参加者の心をつかめない中産階級としての自分――これについて、自分自身も手紙を宛てた友も少しからかうような調子で、フラストレーションをつぶやいている。

■1885年5月13日、ジョージアナ・ バーンジョーンズへ

 我が「党」の将来を考えると、気持ちが暗くなる。もっとも、こんな少数のグループを「党」などともったいぶって呼べるとしたらだが。残念なことに、アンドレア・シューはまたロンドンを去るようだし、まったくがっかりだ。でも、彼も、仕事の口があるところで働かなければならないのはもちろんだ。ほんとうに、我々はこんなに少人数だ。いくら一生懸命活動しても、自分たちが辞めるときに代わりになってくれる人々を獲得しているように思えない。

 でも、これは前哨部隊の小競り合いについて語っているだけだからね。少人数が取り組む闘いそのものは、私の大いなる関心事だ。「文明」の未来については、私は芥子粒ほどの希望も抱いていない。「文明」はもう滅ぶ運命にある。それもたぶん近いうちだ。

 そう考えると、なんて楽しいことか! 世の中が再び未開時代に入り、卑劣な偽善に取って代わって、たとえ萌芽的であろうと真実の感情や情熱があふれるのだと思うと、なんど慰められたことだろう。そう考えると、すべての歴史的過去が私の心のなかで光り出し、私の中でふたたび甦る。以前、いちど、現代の馬鹿者どもに進歩と呼ばれる事態が完成しつつあると思いこんで自暴自棄になったことがある。ラッキーなことに、今は、それはみな思いがけない形で(と言っても、表面上はということだが)堰き止められるのだと分かっている。ちょうど、ノアの洪水のときのように。

■1885年5月27日、ジョージアナ・ バーンジョーンズへ
 
 日曜日にスティープニー方面に説法に行ったよ。イーストエンドに行く時はいつもそうだが、とても落ち込んだ。ひたすら続く家の並び、まったくみすぼらしく何のとりえもない圧倒的な物量が、まるで悪夢のように立ちはだかっている。もちろん、家の中がどんなに汚いかは見えないが。

 私の集会に来た人々に、君はたぶん微笑むだろうね。小さな部屋に集まった20人ほどは、生活からして当然にも汚れていて、しかも、とても臭かった。私の美文から熱気を削ぐほどだったよ、まったくのところ。彼らに対して、もっと荒っぽく動じない形でしゃべることができないのは、私の大きな欠点だ。それに、彼らがその気になって大げさな革命的言辞を使うとき、いったい、その底にどのていど本当の感情が込められているかも知りたい。どうも、まだ彼らの心をつかんでいるとは思えない。我々のあいだには、階級間の大きな裂け目が横たわっているのだ。

※     ※     ※

 [訳者から] 
 新組織の機関紙を担当し財政を気づかい、全国を駆けめぐって講演してきたモリスは、痛風の症状を悪化させ、ハマースミスのケルムスコット・ハウスで寝込まざるを得なくなった。
 その時期に書かれた二通を紹介する。

■1885年10月29日、長女ジェニー・モリスへ

大事なジェニー

 本当にすまないが、明日行くことができない。痛風は良くなってはきているが、とてもゆっくりだし、また悪くなる可能性が少しでもあるのに危険を冒して出かけるのは、間違っているだろうからね。もう寝ているのは飽き飽きだ。それに、らちもない小説を山ほど読んだから、文学的センスもおかしくなっている。この痛風さえ追い払ってしまえば、ずっとよくなって、あらゆる面で丈夫になると思う。

 ここに寝かされてから、ずっととてもいい天気が続いているね。お天気などあまり味わえないだろうと思うかもしれないが、こうして横たわって窓から差し込む陽射しをたっぷり浴びるのは、ほんとうにいい気分なのだよ。

 ごきげんよう、ジェニー。今週中には痛風を追い出して、生き返ったようになれると思う。ああ、まったく! やらなければいけないことが山積みだ。

 愛をこめて
                              愛する父
                              ウィリアム・モリス

■1885年10月31日、ジョージアナ・ バーンジョーンズへ
                                   ケルムスコット・ハウスより

  まだほとんどこうして寝ているありさまだ。もっとも少しはよくなってきているが。痛くてたまらないわけではないけれど、まったく足が不自由なので、昨日までの一カ月は部屋から食堂までソファーに乗って運ばれているしまつだ。ベニスでもよく似た状態だったが、ここまで歩けないことはなかった。

 まあ、私の症状についてはこれくらいで十分だ。今日までずっといいお天気だった。君の休暇にぴったりで、よかった。私の方も好天気を楽しんだ。朝からここで寝そべって、太陽を浴びながら雲を眺めるのはとても贅沢だ。また出歩けるようになったときに怠け癖がついているかもしれない。小説を読むという困った習慣がついてしまって、このところ、まったく何もしていない。

 会議とかで忙しく動き回りすぎたからこういう状態になったわけじゃないと思う。むしろ、食事に不注意だったからだ。本当に気をつけなければ。

 いいかい、運動に参加したからには、生きているかぎりは出来ることをやらねばならないのだよ。それが義務というものだ。それに、半分アナーキストの我々がいかに自分を抑えてルールを守っているとはいえ、残念ながら、やはり何らかの指導者というものは必要だし、私たちのグループでは、遺憾ながら私がその穴を埋めていると言わざるを得ないのだ。先週の月曜日に私は行けなかったが、何でもないことで馬鹿げた争いがあったようだ。私がいれば、止めさせられたようなことらしい。頭を突っ込んだこの仕事すべて、細部を見れば、多くはまったく胸くそが悪くなるようなことだが、それでも私は適切に配慮してことにあたるつもりだ。いずれにせよ、私でも何らかの役目は果たしているようだから、せいぜい役立つようにしなければ。


 以前も言ったと思うが、じっさい、私はわが党の持続性を強く信じているとは言い難い。でも、この運動が持続することは間違いないと確信している。そしていつも自分自身に言い聞かせているのだが、同盟が分裂したら、次の日には、数名の仲間といっしょに直ちに新組織を立ち上げなければならないし、そうするつもりだ。


 ねえ、いいかい、どうしようもないのだよ。私に憑りついた考えは、私を休ませてはくれないのだ。それ以外のことは考える値打ちがあるとも思えない。いったいそれ以外にどうできるというのだ? 多くの人にとってこの社会は秩序だったシステムで、それなりの人が楽しみも見出して立派に人生を過ごすことは可能だと見えるようだが、私には弱肉強食の社会にしか見えないのだから。

 いや、それ以上だ(だって、それならまだ救いがあるだろうから)。どんどん腐敗していき、偽善と欺瞞がいっそう深まっている。だから一つの腐敗状態から逃れても、嫌でも別の腐敗の中に追いやられ望みも失せるだけだ。だが、人は希望に向わなければやっていけない。そして私に見える唯一の希望の光は、革命への道なのだ。他のことはすべて、もう何の意味も持たない。

 社会の腐敗が最終的に完成状態な今、新しい秩序の考え方が明確に起こりつつあり、掲げる要求も体系化しつつある。私自身はその細部に大きな確信を持てているわけではないが、そんなにも具体化しつつあることには希望が持てる。なぜなら、いくら古いものが腐ってきたとしても、新しいものが誕生間近でないかぎり、古きものへの抵抗は単なる望みなき不満や罵りに終わってしまうだろうからね。ほら、君がよく私の愚痴を叱っていたけれど、そういう不満に終わってしまう。

■1885年11月10日、オズワルド・バーチャルへ
[訳者から]

 モリスの体調は本人が望むようにはよくならないが、それを押してなんとか活動を続けている。コッツウォルズ・バスコット(ケルムスコットの近くにある村)の聖職者から来た講演の依頼に対するモリスの返答に、その様子がうかがえる。
 オズワルド・バーチャルは、社会主義に理解を示す聖職者で、19世紀に多く存在したキリスト教的社会主義者の一人と思われる。

 親愛なるバーチャル氏へ

 今日オックスフォードへ出かけますが、この悪天候の中でケルムスコットまで無理をして足を伸ばすには体調が十分ではありません。ですから、あなたにお会いするという楽しみは今回は実現出来そうにありません。

 興味深い手紙をありがとうございました。バスコットでの講演については、残念ながら、なんらかのお約束をできるような体調ではないのです。おそらく、また海辺に療養に行くようにと命じられそうなのです。実を申しますと、この夏も秋もとても多忙で落ち着かない時期だったものですから、ちょっとくたびれてしまったのです。私のように老年にさしかかっている中年男なら、十分考えられることなのですが。

 1週間くらいの内に、何が出来るかお知らせいたします。もし、あなたの主催する教室で講演するとしたら、なにかとてもシンプルで一番初歩的なことを用意するようにしますし、個人攻撃と取られかねないようなことは、一切入れないように十分注意します。事態が悪くなれば、人々が善良であればあるほど、体制を変えなければならない必要性が証明されていくと思います。じっさい、私自身、この世は愚かさや無知にあふれているとは思いますが、根深い悪意はほとんどないと思っています。
                                    敬具
                                    ウィリアム・モリス

■1885年12月9日、受取人不明の手紙
[訳者から]
 モリスたちが袂を分かった社会民主連盟(SDF)は、あるスキャンダルを起こした。選挙に候補者を立てるために、対立している保守党から秘密に資金援助を受けたことが公けになったのだ。多くのSDF党員がこれに反発し、ついには執行部を入れ替えた。この出来事について、SDFの一員からモリスに私信が送られてきた。以下は、それへのモリスの返信。

私信
親愛なる同志へ

 手紙ありがとう。私を信頼してくれるのもありがたいことだ。

 社会民主連盟(SDF)の最近の不祥事とその結果引き起こされた状況については、少なくとも一つだけ明るいニュースがあった。あんなにも多くのSDFメンバーが、それを恥だと感じ、結果を恐れず自分たちの意見を明らかにする勇気を持っていたことだ。昨年SDFを脱退した私や他の者は、いつも、SDFの大半のメンバーは真っ正直で真摯だと感じていたよ。たとえ、いくつかの点でわれわれとは意見が違っていてもね。

 現時点での私の行動については、分かってもらいたいが、もちろん私は社会主義者同盟(SL)の一員として行動できるだけだ。同盟が決定する行動を全面的に支持する。だが、これは一般的意見だと思うからつけ加えるのだが、SDFを攻撃するなどと決めたら、それ大きな間違いだ。とはいえ、原則に反した方向に揺れているSDFにいても何にもならないと考えた支部や個人が、わが組織に加盟したいとなれば喜んで受け入れるのは、当然だがね。もちろん、同盟が公けに明らかにしている見解やそれを実現する戦術に賛同することぬきには加入できない。

 また、君が来年1月にSDF浄化に成功し、その状況が正真正銘続くなら、間違いなく同盟は独立した団体として出来るかぎり精一杯で同志的な賛同を送る。もちろん、SDFという旧来の名を名乗ったままでどの程度の成功のチャンスがあるのか、それを決めるのは君自身だ。
 
 (機関紙『ジャスティス』と『コモンウィール』については省略)
 ロンドンに出かけてくるときは、もちろんぜひ会いたい。どう連絡すればいいのか知らせてくれたまえ。
 
 リバプールへ来てほしいと頼まれた。体調さえ悪くなかったら行っていたところだ。今はかなり良くなったので、近いうちに行きたいと思っている。社会主義者は今こそ運動を全力で推進しなければならないと強く思うよ。ああいう選挙の腐敗へのリアクションが落ち着いたら、また、大きな前進を勝ち取るべきだ。精力的に、そして同時に賢明に行動すれば、きっと勝ち取れると思う。
 成功を祈って
                                    友愛をこめて
                                    ウィリアム・モリス 

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