(かね)が支配する世の中での芸術その2
Art under Plutocracy

by William Morris in 1883
翻訳:城下真知子(小見出しは翻訳者がつけました。読みやすくするために改行を多くしています)

  ■芸術が健やかに育っていた時代には
   すべての人間は多かれ少なかれ芸術家だった
 芸術が豊富にあり健やかだった時代には、すべての人間は多かれ少なかれ芸術家だった。まっとうな人間なら誰でも生まれながらに美を求める本能を持っている。それはとても強力であり、工芸家全体が意識的努力もせずに習慣的に美しい物を作り出した。そしてすべての人々が知的芸術を鑑賞することができた。だから、一人ひとりの工芸家は、確実に、心からの賞賛と共感を期待することができた。

 想像力を表現しようとしている者なら誰でも、そういう賞賛と共感を心から欲しているし、それがなければまちがいなく何らかの意味で傷つく。臆病になり、感じやすくなり、心が狭くなる。さもなければ、世をすねたり嘲ったりするだろうし、そうなると、ほとんど役に立たない。だが、繰り返して言わせてもらうが、現在ではすべての人が芸術に無知で気にも留めない。美に対する天性の本能は、ことあるごとに抑えられ挫かれる。

 そして比較的に知性を必要としない装飾芸術がどうなったかといえば、人々が自然に美的本能を発揮することはまったくなくなってしまった。だから、意識的に努力して美しい物を作ろうとしない限り、人の手で作り出される物がすべてひどく醜いのも当然だ。

 たとえ「人々は芸術的だった時代から培われてきた習慣を失っていない」とか「家をいろんな物で飾る習慣はある」と言ったりしても、事態が改善されるわけではない。なぜなら、そうした見かけ倒しの飾りは、誰かに喜びを与えるつもりで作られたわけではまったくなく、とても下卑て馬鹿げているからだ。だから室内装飾品(upholstery)とか室内装飾業(upholsterer)という言葉には、気の利いた人間なら誰でもそういうナンセンスに対して感じる「非常に馬鹿げた」という別のニュアンスが生まれたほどではないか。

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 これが、装飾芸術がたどりついた現在なのだ。だが、装飾芸術の堕落は時間の問題だと皆さんが慌てて結論しないように、ここで少し話を変えて、そもそもかつての装飾芸術はどうだったのかと思いを馳せていただこう。

 考えてみてほしい、別に、そんなに歴史をさかのぼる必要はない。コンスタンチノープル・聖ソフィア大聖堂の綿密に施された厳かな美やベニス・サンマルコ寺院の黄金色に輝く黄昏、またはフランスの立派な大聖堂にある彫刻された崖や馴れ親しんだイギリスの大聖堂の趣(おもむき)ある美しさ――そこまでさかのぼらなくてもいい。

 ただオックスフォードの街並みを見渡して、繁盛する店や進歩派カレッジの猛威を受けても無傷で残されているものについて、じっくり考えてくれればいい。あるいは、いつかぶらりと出歩いて、ここから30キロほどの田舎に散らばる人里離れた風情の村や小さな町を見てほしい。そうすれば、装飾芸術を失うことが世界にとってどんなに大きな喪失であるかが、きっと分かるに違いない。

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 だから、現代芸術の状況を考えると、こう結論せざるを得ない――協働という形態の芸術は絶滅し、芸術は天才や才能ある人の意識的努力という形でしか存在しない。しかも、協同的な芸術の欠落ゆえに天才たちも傷つき挫折し、当然受けるべき共感も受けられずにいる――と。

  ■自然と対話するシンプルな暮らしを文明社会は許さないのか
 このように、美を求める本能が抑圧されたために装飾芸術が破壊され知的芸術が傷つけられたとはいえ、私たちがこうむったダメージはそれに留まらない。

 私はときとして純然たる自然に逃げ込みたいという衝動(そんなに珍しくもない感情だが)に共感することがある。醜いものや汚らしいもの、そして芸術の過剰という状況からだけではなく、秩序立っていかめしい芸術からも逃げ出したい。芸術的知的に優れていたというペリクレス時代のアテネの愛すべき素朴さからすら、逃れたくなる。外なる自然と親しく交わる暮らしそのものに価値を見出した疲れた男に、私はたまらなく共感を覚える。

 里の風景、風や天気、明けては暮れる一日の移り変わり、そして野生動物や身近な動物たちの暮らしぶり、そして、それらに日常的に関わり日々の食糧を得る人間の働きと休息、そこでの動物のような無邪気な喜び――このようなシンプルな動物としての暮らしを心から味わい身を任せたいと思う。

 だが、文明社会のほとんどの人間にとって、それは不可能だ。文明はこういうロマンスの喪失に対して償うべきだと私には思えるが、今ではそんなロマンスは、せわしい都会で見る田舎暮らしの夢のように宙に浮かんでいるだけだ。

 きれいな大気を守り、河川を汚さず、野原や耕作地の使用は納得いくていどに留(とど)めて快適な状態に保つように努力し、平和を愛する市民が行きたいところを歩き回れる自由を保障し、それでも庭やトウモロコシ畑が損なわれないようにする。いや、それどころか、人類の夜明けに荒っぽい闘いを自然とのあいだで繰り広げた記憶を思い出させるように、フェンスを張ったり耕作したりしてはいけない山や荒地をそこここに残す……

 人間が楽しみ休息するために、せめてそれくらいは思慮深くあってくれと文明社会に望むのは無理なのか? いつも過酷な労働を押しつける文明社会に対して、このていどのことは何とかしてくれと願うのは望み過ぎなのか? 無理な要求でもなんでもないではないか。

 それなのに、こんにちの社会体制のもとではこれはまったく不可能なのだ。美を求める本能の喪失によって民衆の芸術が奪われただけではない。その本能を奪った力はさらにせっせと働いて、唯一の埋め合わせをも奪おうとしている。この地球の表面に存在する美そのものを、確実に急速に剥ぎ取ろうとしているのだ。

 不潔で汚くむさくるしい土地のあちこちには、見る目がある人なら見ただけで気持ちが悪く吐き気を催すような尊大で悪趣味でぞっとする場所が散らばっている。しかも、これがあふれているのは、ロンドンなどの大都市だけではない。イングランドのすべての州とそれをおおう空が、言いようもない汚れの層で覆われ消え失せただけではない。芸術と理性と健全さに満ちた社会から来た旅人が私たちの時代を訪れたら、きっと泥や醜さを好む病にでもかかっているとしか思えないだろうが、この病は国中に広がっているのだ。

 市(いち)が開催できる小さな町はどこでも、地獄のロンドンやマンチェスターが持つ威厳をできるだけまねようと必死で狙っている。もっとも古く麗しい町々の周りに広がるみすぼらしい郊外について、語る必要はあるだろうか? そして、今でもまだもっとも美しいと言えるこのオックスフォードが直面する急激な悪化について、語らなければならないだろうか? 少しでも常識というものが残っていたら周辺部も含めて一番大切な宝石のように扱ってしかるべき町、どんな犠牲を払ってでも美しさを保存すべき町だと、敢えて言う必要はあるだろうか。

 私が「どんな犠牲を払っても」と言ったのは、ほかでもない。これは私たちの財産ではないからだ。私たちはこれから生まれてくるすべての世代のための管財人にすぎない。

 私はこの年まで、この宝石がどう扱われてきたかを見てきた。まるでそこらの道路に転がる石のように、犬にでも投げつければふさわしいかのように扱ってきたではないか。こんにちのオックスフォードと30年前に初めて見た町とを比べてみれば、今夜皆さんに講演するという栄誉があったとしても、そんな町を訪問する苦痛(苦痛としか表現のしようがない)に耐えられるかどうかも自信がないくらいだ。

 都市は恥さらしで町々は物笑いの種だというだけではない。事態はもっとひどい。人の住まいが言いようもなく下品で醜いだけでなく、牛小屋や厩舎、いや、農場のために必要なもっとも一般的な設備ですら、同じ汚い絵筆で塗りたくったように醜くなっている。樹木が切り倒されたり吹き飛ばされたりしても、それよりひどい木が代わりに(あるとしたらだが)植えられる。つまり、わが文明はまるで胴枯れ病のように、国土すべての上により重く毒気をはらんで広がっているのだ。だから、いかなる変化の場合でも間違いなく外観がひどくなる。

 そうなれば、結果はこうだ。大芸術家の心は狭隘になり、孤立ゆえに他者への共感も凍りつく。協働作業で生み出される芸術は袋小路に入る。それだけではない。偉大な芸術と小芸術(装飾芸術)の双方が拠りどころにしてきた栄養そのものが破壊されるのだ。こんこんと湧き出る芸術の泉がその源で毒されてしまうわけだ。

  ■現在の競争体制は、永遠の体制ではない
 さて、文明の進歩にとってはこういう邪悪はこれからも必要だと考えている人たちは、間違いなくそれを最大限活用し、悪にはひたすら目をつむって現代芸術の痙攣のようなありさまを賞賛するだろう。だが、私自身は、こんなものは「文明には必要」どころか文明のほんの一段階に付随して生まれたものでしかないと思う。これまでの歴史がすべてそうであったように、変化して別のものに移りゆく段階の一つでしかない。

 私はこう信じている――現代社会の基本的特徴は芸術や暮らしのなかの喜びを徹底的に破壊し去ったことだが、この破壊状況が消え去れば、人間におのずと備わっている美への愛やそれを表現したいという欲望が抑えきれずにあふれだし、芸術は解放される。同時に、次のことも言っておきたい。生活手段の交換や生産における競争体制が続く限り芸術は劣悪化していくし、この体制が永遠に続くようなら芸術の運命は尽き果て確実に死んでしまうだろうが、つまり、これは文明も死ぬということだ。

 これは重要なことだから、はっきり強調しておきたい。現在、一般的にいって、この競争主義、あるいは「落ちこぼれは鬼に食われろ」とでもいうような早い者勝ちの体制が世界の最終的経済体制だと考えられているようだ。完ぺきで、したがって完成形態だそうだ。もっとも博学な人すらそう考えているらしいから、これに逆らうなんてまったく図々しいことなのだろう。

 私には学識があるわけではないが、しかし、これまで歴史をこう教わってきた――家父長制が崩れて市民と奴隷の制度が生まれ、それが封建君主と農奴の社会へと移り、その変形である中世都市市民とギルドの親方およびその職人がさらに歴史を担い、そこから現存のいわゆる自由契約の体制へと変化してきたのだと。

 世界が始まったときから、すべての物ごとは体制の発展・転化によって進んできた。じっさい、そうなっているのだから、私は快くこれを認めよう。歴史上の出来事というものは、永遠にそれで取って代えようとして起こされるわけだが、その出来事自体が現に進展変化していくのだから、永遠に残るとは信じられない。
 
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 こういうのも、私は「社会主義者と呼ばれる者のひとり」だからだ。意識的か無意識かはともかく現システムに利害を見出す人々は、未来に対して望みを持たず、何とかして進化の道筋に怪しげな障害を設けようとするだろうが、私は、人の暮らしにおける経済面の進化は続くと確信している。人間どうしの競争という状態など、非人間的でしかない。私は人間どうしの協力を支持する。

 中世の封建的人間関係に締めつけられ未発達だった競争志向が変転しはじめ、ギルド組合の親方たちは本格的な19世紀自由競争主義経済をもたらそうと企てたわけだが、その変化と挑戦は、いまや混乱状態を生み出しつつある。そして、その混乱状態を永続させんとする力そのものが、逆に、相争う関係の上に連帯する精神を導き出したのだ。この基礎となった対立関係は、これまで人間の歴史的変化すべてをもたらしてきたのであり、いつの日か、階級をすべて廃止してはっきりと実践的な社会形態をとり、生産や生活手段交換に関連したすべてのことから競争を失くし協力で取って代えるだろう。

 そういう変化が起これば、いろんな面で良い結果を生むだろうが、とくに、芸術――今は競争を追い求める商業主義の守銭奴に押しつぶされている芸術――が、新生の好機を得るにちがいない。

  ■現代社会は、大多数の人間の
   芸術なき労働・不幸せな労働で成り立っている
 芸術へのこの希望は、ある真理(しかも重要な真理だと私は固く信じている)を拠りどころにしている。最高レベルの芸術も含めて、芸術は大多数の人間が労働する状況を反映している。最高の知的芸術なら一般的な状況に影響は受けないといくら自負しても、それは無駄で無意味だ。なぜなら、特別に教育され洗練された特定の人や階級によってのみ創られた芸術は絶対に現実的ではなく、短命に違いないからだ。

 そもそも、芸術は、労働における人間の喜びの表現である。一語一句正確ではないかもしれないが、これはラスキン教授の芸術に関する思想を基本的に表現したものだ。歴史的にも一番大切な真理だと私は思う。労働において喜びを得ることが基本的に可能なら、喜びもない労働を承諾するなど、なんて奇妙で馬鹿げたことか。楽しくもない労働を大多数の人間に強要するとは、なんと忌まわしく不当な社会であることか! 

 正直な人間ならみな働かなければならないわけだから、私たち中産階級の選択肢は、労働者が不幸な人生を送るよう強制するか、不幸に暮らすことを容認するかしかないではないか。

 だから、社会の新しい状況に対して私が一番問題にしたいのは、この社会が大多数の人間の芸術なき労働、不幸せな労働の上に成り立っているということだ。これまで述べたわが国の外観の劣悪化を私が憎むのは、なおも芸術を愛している私たち少数の者にとってそれが悲しみの原因だからというだけではない。同時に、それは、競争主義の商業体制が基本的に大多数の市民に強いている惨めな暮らしの象徴だからなのだ。
                                         (その3へ続く)


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