さらに言うと、博物館ほど総合的ではないが、もっと近しく、快い作品を学ぶ機会もあることはある。この国の記念建造物を見ることだ。
ただ、残念ながら、機会は多くない。というのは、私たちは、レンガとモルタル建築がもてはやされる時代に生きており、偉大なウェストミンスター寺院の残影と、そのそばのたぐいまれなウェストミンスター・ホール以外は、ほとんど残されていないからだ。残影というのは、ウェストミンスター寺院の外面は、愚かな建築家による修復のために破壊され、壮麗な内部は、もったいぶった葬儀屋のごまかし(注1)と2世紀半にわたる無知と虚栄心のために辱められてきたからだ。
しかし、くすんだ世界を超えて見抜く力があれば、自然のなかに編み込まれ、完璧にその一部となって息づく祖先の作品を、田舎では目にすることができる。ほかでもないイングランド(注2)の田舎には、そして人々がそういうことを愛していた時代には、人間が作った作品と人間を形成した土地とのあいだには、深い共鳴があった。
もちろん、イングランドの土地はわずかだ。狭い海に囲まれていて、広がって大きくなる余地はないようだ。圧倒されるような侘しさに満ちた荒野が広がっているわけでもないし、人里離れた深い森もなく、壁のようにそびえる前人未踏の恐ろしい山脈もない。すべての土地は人間に見定められ、足を踏み入れられ、変化し、たやすく次の段階へと移ろっていく。
小さな川、狭い平野、丘、うねるように続く台地。そのあらゆるところに、端麗で整然とした木が茂っている。小さな丘、小さな山には、羊のための石垣が縫うように走っている。すべてが小規模だ。だが、間が抜けているわけでもなければ、虚ろでもなく、むしろまじめな趣きがあり、求める気さえあれば、豊かな意味合いにあふれている。わが故郷は、監獄でもなければ宮殿でもなく、品位ある家庭だ。
これらすべて、私はほめるのでも非難するわけでもない。ただ、そうだと述べるだけだ。なかには、この家庭的な雰囲気を過剰に持ち上げ、まるで世界の中心のように語る人たちもいるが、私はそうはしない。自分自身や所有物すべてに対するプライドで目がくらんでいないかぎり、誰もそうはしないだろう。
また逆に、その野性味の欠如を軽蔑する人たちもいる。だが私はそうもしない。もちろん、地球上のどこかに、驚異的な場所も、恐ろしい所も、言葉にも表せないほどの美しい場所もないとしたら、辛いのは確かだが。
それに、考えてみれば、世界の歴史のなかで、過去、現在、そして未来においても、この土地が占める位置は小さい。まして芸術の歴史のなかで占める位置はなおさら小さい。
しかし、それでも、私たちの祖先が、このロマンティックでも波乱万丈でもないイングランドの土地にしがみつき、心を配り苦労して彩りを添えてきたことに思いを馳せると、胸は高鳴り、希望の火が燃え上がるのもまた確かなのだ。
土地もそうだが、民衆が心を砕いてきた時代の芸術もそうだ。それは、壮観さや巧妙さで人々を魅きつけようとはしない。多くの場合、その芸術はありふれており、荘厳さを誇ることはほとんどない。だが、わが祖先の芸術は抑圧的だったことはないし、奴隷の悪夢であったことも、高慢な大言壮語であったこともまったくない。そして最盛期には、偉大な様式でも決して越えることのできない創意と個性に富んでいた。
その核心をなす最良の成果は、貴族の館や強大な大聖堂と同様に、自作農の農家や質素な村の教会に惜しげもなくあふれていた。往々にしてかなり荒削りではあるが、心優しく自然で気取らない農民の芸術であり、決して商いに精出す王子や廷臣たちの芸術ではない。
そのなかで生まれ育った人間であろうと、壮麗な異国で育ってこの質朴さを不思議に思っている人であろうと、これを愛さずにいられるのは、非情な心根の持ち主に違いない。
これが、農民の芸術だ。大邸宅などがいわゆる「みごとなフランス様式」で建設されていった一方で、農民の芸術は人々の生活にしっかりと根づき、多くの地域の小百姓や自作農のあいだに生きつづけてきた。いまでも、風変わりな織りのパターンや版木、刺繍模様がたくさん残っている。
だが、海外の馬鹿げた虚飾はすべての自然と自由を消滅させた。芸術は、とくにフランスでは、成功を高笑いしていた悪党どもの表現手段に成り下がってしまった。その悪漢たち自身はすぐに奈落に落ちて、もはや戻ってこない。
イングランドの芸術はこういうものなのだ。その意味で、歴史はみなさんの玄関先にある。だがしだいに減少し、年々希少になっている。欲による破壊で減っているのは確かだが、それだけではない。現在「復原」と呼ばれるもうひとつの敵からも、攻撃されているのだ。
注1: 寺院の内部には時の権力者などの大きな棺が多くある。モリスはこれを、金儲け主義の葬儀屋が寺院当局をそそのかして作らせたものだと皮肉っている。
注2: 日本語でイギリスという場合は、現在ではイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドを含めた全体(United Kingdome)を指す。ここではモリスはさしあたりイングランドだけを指しているので、イギリスとはせずイングランドとした。
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