小芸術(装飾芸術) その3

by William Morris in 1877
翻訳:城下真知子(小見出しは翻訳者がつけました)  2017/2/15改訂 
(この翻訳文章は『素朴で平等な社会のために』で、バージョンアップされています)

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 ■美は宮殿ではなく農家にある


 博物館ほど総合的ではないが、快い作品をもっと近しく学ぶ機会もあることはある。それは、わがふるさとの記念建造物のことだ。

 ただ、残念ながら、機会は多くない。というのは、われわれはレンガとモルタル建築がもてはやされる時代に生きており、偉大なウェストミンスター寺院の残影と、そのそばのたぐいまれなウェストミンスター・ホール以外は、ほとんど残されていないからだ。ウェストミンスター寺院の外面は愚かな建築家による修復のために破壊され、壮麗な内部は、勿体ぶった葬儀屋のごまかし(注1)と二世紀半にわたる無知と虚栄心のために辱められてきたから、われわれが現在目にしているのは「残影」としか言えない。

 しかし、くすんだ世界を超えて見抜く力があれば、田舎では、自然のなかに編み込まれ、完璧にその一部となって息づく祖先の作品を目にすることができる。ほかでもないイングランド(注2)の田舎には、そして人々がそういうことを愛していた時代には、人間が作ったものと人間を形成した土地とは深く共鳴しあっていた。

 もちろん、イングランドの土地はわずかだ。せまい海に囲まれていて、広がって大きくなる余地はない。圧倒されるような侘しさの荒野が広がっているわけでもないし、人里離れた深い森もなく、壁のようにそびえる前人未踏の恐ろしい山脈もない。すべての土地は人間に見定められ、足を踏み入れられ、変化し、たやすく次の段階へと移ろっていく。

 小さな川、狭い平野、丘、うねるように続く台地のあらゆるところに、端麗で整然とした木が茂っている。小さな丘、小さな山には、羊のための石垣が縫うように走っている。すべてが小規模だ。だが、間が抜けているわけでもなければ虚ろでもなく、むしろまじめな趣きがあり、求める気さえあれば豊かな価値が汲みだせる。わが故郷は、監獄でもなければ宮殿でもなく、品位ある家庭だ。
 
 これらすべて、私は誉めるのでも批判するのでもない。ただ、そうだと述べるだけだ。なかには、この家庭的な雰囲気を持ち上げ、まるで世界の中心のように語る人たちもいるが、私はそうはしない。うぬぼれとは無縁な人々もそうはしないだろう。すべてはそういう人々のものだ。

 また逆に、その野性味の欠如を軽蔑する人たちもいる。だが私はそうもしない。もちろん、地球上のどこかに、驚異的な場所も、恐ろしい所も、言葉にも表せないほどの美しい場所もないとしたら、辛いのは確かだ。それに、世界の歴史のなかで、過去・現在、そして未来においても、この土地が占める位置は小さい。まして芸術の歴史のなかで占める位置はさらに小さい。

 しかし、それを承知の上で、それでも、われわれの祖先が、このイングランドのロマンティックでも波乱万丈でもない土地にしがみつき、心を配り苦労して彩りを添えてきたことに思いを馳せると、胸は高鳴り、希望の火が燃え上がるのもまた確かなのだ。

 土地もそうだが、民衆が心を砕いてきた芸術もそうだ。それは、壮観さや巧妙さで人々を魅きつけようとはしない。多くの場合、その芸術はありふれており、荘厳さを誇ることはほとんどない。だが、わが祖先の芸術は抑圧的だったことはないし、奴隷の悪夢であったことも高慢な大言壮語であったこともまったくない。そして最盛期には、偉大な様式でも決して越えることのできない創意と個性に富んでいた。

 その核心をなす最良の成果は、貴族の館や強大な大聖堂ではなく、自作農の農家やつつましい村の教会に惜しげなくあふれていた。おうおうにしてかなり未熟ではあるが決して雑ではなく、心優しく自然で気取らない農民の芸術であり、決して商いに精出す王子や廷臣たちの芸術ではない。そのなかで生まれ育った人間であろうと、壮麗な異国で育ってこの質朴さを不思議に思っている人であろうと、これを愛さずにいられるのは非情な心根の持ち主に違いない。

 大邸宅などがいわゆる「みごとなフランス様式」で建設されていった一方で、農民の芸術は人々の生活にしっかりと根づき、多くの地域の小百姓や自作農のあいだに生きつづけてきた。いまでも、風変わりな織りのパターンや版木、刺繍模様がたくさん残っている。だが、海外の馬鹿げた虚飾はすべての自然と自由を消滅させた。特にフランスでは、芸術は成功を高笑いしていた悪党どもの表現手段に成り下がってしまった。その悪漢たち自身はすぐに奈落に落ちて、もはや戻ってこない。

 イングランドの芸術はこういうものなのだ。その意味で、歴史はみなさんの玄関先にある。だがしだいに減少し、年々希少になっている。欲による破壊で減っているのは確かだが、それだけではない。現在「復原」と呼ばれるもうひとつの敵からも攻撃されているのだ。

注1: 寺院の内部には時の権力者などの大きな棺が多くある。モリスはこれを、金儲け主義の葬儀屋が寺院当局をそそのかして作らせたものだと皮肉っている。

注2: 日本語でイギリスという場合は、現在ではイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドを含めた全体(United Kingdome)を指す。ここではモリスはさしあたりイングランドだけを指しているので、イギリスとはせずイングランドとした。


 ■金儲け主義による「復原」


「復原」について長話をすべきではないが、しかし、古代の記念的建造物の研究を強調したからには、この問題をまったく飛ばすわけにはいかない。

 現状はこうだ――古い建物は、何世紀にもわたって手を加えられ何かが付け加えられてきた。そうして美しくなることも多く、いつも歴史的意味があった。古い建築物の価値の大半は、まさにその変化にある。もちろん、それらの建物は放置によっても損なわれてきたし、戦さの犠牲になることも多かった(戦乱の歴史は、たいてい何の面白味もない)が、通常のまっとうな修繕で、たいていいつも持ちこたえ、自然と歴史の産物は維持されてきた。

 しかし、最近、中世建築の研究が進み知識が増えたのと軌を一にして、宗教的建築物への関心が非常に高くなり、人々はこれらの建築物に資金を投資するようになった。それも、たんなる補修、つまり、建築を安全に清潔に風雨から守る補修ではなく、彼ら思うところの完璧な状態に「復原」しようというのだ。宗教改革以降の痕跡を、いや、しばしばそれよりもずっと以前の痕跡まですべて、可能なら拭い去ろうとする。

 これは、芸術の無視ゆえに行われる場合もあれば、狂信的な宗教心でなされる場合もあるが、むしろ、芸術的に良かれと思って実施される場合が多いのだ。しかし、今晩の私の話を聞けば、皆さんも分かっていただけるはずだが、復元などは不可能で、これは建築に決定的ダメージを与える試みなのだ。芸術と歴史を学ぶ者にとって、建築の大半がほとんど無意味なものになるなどとは考えたくもない。

 もっとも、豊富な建築の知識がなければ、ああいう危険な「知ったかぶり」によっていかに恐ろしい損失がもたらされたかは、おそらく理解できないだろう。だが、少なくとも、価値ある国民の記念建造物を無責任に扱うなど、国にとってまことに情けない貢献だということは明らかだろう。ひとたび失われてしまえば、それらの建物は、りっぱな近代芸術でもってしても決して置き換えることはできないのだから。


 ■考えを凝縮させ、あらゆる方法で学べ


 古代芸術についてこれまで語ってきたことから、私が教育という場合には、デザイン学校で学ぶ限定された芸術よりもずっと広いものを意味していることは分かっていただけるだろう。程度の差はあれ、それは自分自身で身につけなければならないものだ。

 問題について自分の考えを体系的に凝縮させ、あらゆる方法で学び、注意深く労を惜しまず実践し、かつ、技量とデザイン向上のために良いとみなされていることのみを実行するという決意を持つことだ。

 まずは、芸術を学ぶ手段という意味でも、また芸術の実践という意味でも、すべての工芸職人はていねいに絵を描くことを習わなければならない。実際、身体的に無理な人以外はすべて絵画を教わるべきだと思う。ただ、そうして教えられる絵画はデザインという芸術ではなく、その目的に向かう手段にすぎない。つまり、芸術に携わるための一般的能力である。


 ■芸術には科学と異なる法則が支配する


 わざわざそう言うのは、デザインは学校では決して教えることはできないと強調したいからだ。たとえデザイナーとしての素質がある人でも、実践を続けないと自然にも芸術にも気づかない。あるていどのデザイン能力を持つ人の数は確かにかなり多いが、彼らは、必要な道具を望むように学校で一定のテクニックを学びたいと思っているだろう。また、今は、良い訓練を行なっている優れた学校が衰退しているから、芸術史についての授業が望まれるのも当然だ。

 たしかに学校はテクニックと芸術史という二つの分野を教えることはできる。だが、デザインは科学ではなく、科学とは異なった法則が支配する分野である。だから、デザインの科学という名のエセ科学で導き出された法則による近道を行こうとしても、それはどこにも通じていない。むしろ、振り出しに戻るだけだ。

 装飾に携わる人たちにどういう絵画を教えるかという点に戻ろう。最良の方法はただひとつで、人物像を描くよう教えることだ。人体はほかの何よりもずっと微妙であり、うまく描けていなければすぐに分かり、正しく直すことができるからだ。これを希望する人すべてに教えれば、芸術の復活に大いに役立つにちがいない。創造力が芽生えかけているすべての人にとって、何が正しいか間違っているかを見極める習慣を持ち、いい線を描くのを楽しむ感覚を味わうことは、まさに言葉の意味どおりの「教育」となることだろう。

 もちろん、先にも述べたように、こんな時代に、過去など気にかけないようにふるまうのは浅はかなことで、過去の芸術からも学ばなければならない。

 理想的な状況で社会的経済的条件が立ちはだかっていないとすれば、つまり、装飾芸術の余地を許さないほど世界が忙しがっていないとすれば、装飾芸術をわがものにする直接の手段はこの二つの方法、つまり、過去の芸術から学び人物像を描くこととなる。こうして、心を広く耕して豊かにし、目と手の能力を全般的に養うわけだ。
 
 おそらく皆さんにとって、これはとてもありきたりのアドバイスで、まわりくどいように見えるかもしれない。しかし、今夜のテーマである新しい芸術創出のための方法を、皆さんが切望しているのなら、これが確実な道なのだ。

 皆さんが新生芸術を望まないなら、さらに、人に本来備わっている創造力の芽生えが無視され、発達させずに捨ておかれるなら、自然は、これまでと同様に自らを貫くだろう。そして、デザイン能力はしだいに人類から消え失せてしまうだろう。でも、皆さん、人間を人間たらしめている知性の大部分を、こんなにまで消滅寸前に追いやっていいのだろうか。

 さて、この講演を締めくくる前に、もう少しいくつかの問題に注目していただきたい。身過ぎ世過ぎにかまけて無視してきたために、芸術の発展の大きな障害になっていることがら、早く対処しなければ、取り組みの出発点に立つことすら困難であるようなことがらについて述べよう。

 ところで、もし私の話が深刻になりすぎていると思うなら(もちろんそれでは困るのだが)、どうかぜひ私が初めに述べたことを思い出していただきたい――すべての芸術は互いにからみあっているということだ。

 さらに、エドワード三世時代の古い建築家(オックスフォードのニュー・カレッジを築いた人だ)が考えた芸術の分野についても言及しておこう。この人は「ふるまいが人間をつくる」というモットーを掲げた。ふるまいということによって、道徳的に生きるすべ(アート)、価値ある生活、つまり人間として生きるすべ(アート)を表現したのだ。この意味での芸術(アート)もまた私のテーマであると申し添えておこう。


 ■まがいものの仕事があふれる世界で


 世の中にはまがいものの仕事があふれている。買い手に有害で、売り手にはさらに有害だ――自覚していたらの話だが。そして作り手にとって最も有害なのだ。われわれ工芸職人が、すべての物を卓越した技量で作り出そうと決意したら、しっかりした良き装飾芸術・工芸の基礎が築かれるに違いない。ところが現在は、まったく低水準の仕事や、それ以下の物が氾濫している。

 この問題について、あの階級が悪いとか、この階級が悪いとか責めるつもりはない。すべての階級に責任があるのだ。わが階級・工芸職人の欠点についてはお互い十分承知しているから、ここではとくに述べない。

 そもそも、世間の人々は安く買おうとしすぎる。あまりにも無知で、安く買った物が胸の悪くなるようなしろものだと分からないのだ。作った人間にそれにふさわしい対価を与えているかどうかを知らないし、知ろうともしないのだ

 そしていわゆる製造業者は、品質の競争ではなく、ぎりぎりの安売り競争だけを考え、買い得品をあさる人に妥協して、彼らが求める安値で胸糞の悪い製品を陽気に売りつけるのだ。これは詐欺と呼ぶしかない。最近のイングランドは、銀行で金の枚数を数えることだけに忙しく、作業現場としっかり付き合おうとしない。その結果皮肉なことに、金を数えようにも、現在の不景気で注文まで少なくなってしまった。
                          (その4に続く)

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