『小芸術(装飾芸術)』の要旨をまとめると……
  芸術は、人間が美を見い出した喜びを表現するための偉大な体系だ。だが、装飾芸術(小芸術)が、絵画や彫刻・建築などの大芸術と切り離されてしまったため、大芸術・小芸術ともに病んでしまった。

 装飾芸術は、人間が使う物や道具を、使うのが楽しくなるようにし、またそれを作るのが楽しくなるようにする大事な分野だ。かっては、装飾が労働の喜びの表現であり、工芸職人が想像力と創造力にあふれた芸術家だった時代があった。だが、商業主義、金儲けにあくせくする現代では、まがい物の商品が大量にあふれ、労働はただの呪われた労苦になってしまった。

 装飾芸術は死にかけており、芸術全体も同じ運命だ。いったい、大気を汚染し川を汚して、そんなに金を儲ける必要があるのか。

 こんな事態はすべての階級の責任だが、これを変えられるかどうかは労働者である工芸職人にかかっている。イングランドに生まれた、自然にふさわしいシンプルな農民芸術の歴史に学び、労働を楽しいものとして取り戻し、平等を実現しようと決意するかどうかにかかっている。

 諸君、どうか、この夢、この希望の実現に力を貸してほしい。    ウィリアム・モリス 1877年3月

 その特徴は……
■ 社会を変える主体は実践者にあると看過したモリス
 モリスは自分の手を使って芸術を産み出すこと、つまり工芸を楽しんできた。彼にとって、芸術と労働は同義語だった。だが、その工芸が危機に瀕している。利益優先主義のために、工芸職人の労働は芸術や喜びと無縁なものにされようとしている――そう感じたモリスは、この現状をなんとか変えようと提案する。
 そして、その変革ができるのは、知識層(中流階級)ではなく 、工芸を実践している職人自身だと強調する。この時点ではモリスはまだ自覚的に「社会主義」という立場を取っているわけではないが、この変革の主体を工芸職人、つまり労働する人自身だと見抜いたところに、モリスの鋭さがある。 

■ 美とは無縁な、労働者の惨めな日々の暮らしを嘆くモリス
 モリスは、「このおぞましい通りを日々行き来している労働者たちに、美に関心を持ってほしいなどとどうして頼むことができるだろう」と嘆いている。モリスにとって、これは痛いジレンマだった。政治や科学の問題なら、周りの汚さに麻痺した感覚でも頭をめぐらすことができるだろうが、美しさというのは感じるものだ、とモリスは主張する。「おぞましい」通りを腹を空かして行き来し、豚小屋のようなねぐらに疲れ果てて帰る労働者に、どうすれば美しいものへの渇望を感じてもらえるか。どうすれば、「これは人間の暮らしではない!」と憤らせることができるか。
 この講演の時点でのモリスには結論は出ていない。さしあたり、歴史のなかの美しいものから学んで「なんとか抜け出してほしい」と願うしかないとしている。

■ モリスにとってのイングランドの美――愛国主義との違い
 この講演でモリスは、美は宮殿にではなく農家にあるとしている。ここに彼の美の基準がよく表現されている。
 モリスはヨーロッパ大陸やスコットランドなどとの比較で、「ロマンティックとも波乱万丈ともいえない土地を飾ってきた」イングランドの農民芸術を愛さずいられない。だが同時に、それを必要以上に「誉めるわけでも、とがめるわけでもない」。
 そして、「まるでこの国を世界の中心のように、この家庭的な雰囲気を持ち上げる人たち」への嫌悪をあらわにしている。ここに大国主義や愛国主義を嫌ったモリスの面目が躍如している。

■ ラディカルな芸術家
 モリスは、とかくロマンティストで柔な芸術家と見られ、そのラディカルな側面が見落とされがちだ。
 だがモリスは、芸術が金持ちの特権階級にしか享受されていない現状に怒り、「こんな排他的な孤立したかたちでは芸術は生きていけない。いや、わたしはこんな状態で芸術に生きていてほしくない」。むしろそれくらいなら「すべての芸術がしばらくのあいだ世界から一掃されるほうがいい」と述べている。
 これはたんなる言葉のあやではなく、モリスの心の叫びである。モリスにとって芸術が意味するものを考えると、「現状変革かそれとも死か」とでもいえる叫びのなかに、のちに社会主義者として歩みだす萌芽が、もうこのときには育まれつつあったといえる。


これは城下真知子の視点からの解説です。異論もあることでしょう。反論、読後感など、おおいに歓迎します

 目次 (翻訳者がつけました)  
   〇切り離された小芸術と大芸術
   〇装飾芸術の二つの役割
   〇労働を楽しく彩るはずの装飾芸術
   〇小芸術をとおして見える歴史
   〇分業で引き裂かれた小芸術             ―――― その1ページ

   〇空白のあとに何が?
   〇無意識の英知――古代芸術に学べ
   〇先導するのは実践者――工芸職人だ
   〇自然と歴史に学べ                   ―――― その2ページ

   〇美は宮殿ではなく農家にある
   〇金儲け主義でなされる「復原」工事
   〇考えを濃縮させ、あらゆる方法で学べ
   〇芸術には科学と異なる法則が支配する
   〇まがいものの仕事があふれる世界で        ―――― その3ページ

   〇解決するのは工芸職人だ
   〇そんなに金を儲ける必要があるのか
   〇利己主義と贅沢のもとでは芸術は病気になる
   〇金持ちだけの芸術なら、いったん一掃されるほうがいい
   〇惨めさから解放された芸術は、わが街を林のように美しくする
   〇この夢、この希望の実現に力を            ―――― その4ページ

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